当番からのご挨拶

 

 ここでは、共通に静寂へと向かう時間には、それぞれご自身が行っている瞑想でも、座禅でも、どのようなスタイルでも行っていただきます。もとより、宇宙の真実には何流も何派もないことです。富士山の頂からのご来光を仰ぐのに、登り口がいろいろあるだけです。

 しかし、長年自己開発の一環として、瞑想に勤しんできた中で、せっかくそういう方法との出会いがあっても、興味を失っていく方達が少なからずいることも知っていました。静かに座ってはみたものの、大きな喜びとの出会いに恵まれなかった方も多くいるのでしょう。

 方法そのものがその人に合わなかったのか、はたまたやり方にちょっとしたズレが生じてしまっていたのか。瞑想は外から見てわかるものではないので、コツがある、と言われても戸惑う方も多いでしょう。

 どうしたら、多くの人に確実に、あの至福で玄妙な世界を体験してもらえるか。それが自分の40年来の一貫したテーマでした。ここにきて自分なりに納得する瞑想法との出逢いがありました。まだ、どんな瞑想法も持っていない、という方にはご指導させていただきます。

 次の方にバトンタッチするまでの間の当番として、この小さなスペースがきっかけとなり、深い静寂の窓を通して、ご自身の『極楽の境地』との出会いの一助となれればこの上ない喜びです。

横浜 天空庵 当番拝

当番略歴

*ある日世界が変わった
10代の後半に、着ていた服がまったく表裏逆であったことに突然気づいたような、天地がひっくり返ることが起こり、意識の窓を通して見える景色が一瞬にして様変わりした。 何をしなくても息をしているだけで嬉しくてしょうがない状態になった。

*説明会への勧誘
その後10代の終わり、ある日の授業の初めに、『うちで瞑想の説明会を開くので興味のある人は来て』と言われた。 その50代の米国人女性の先生は戦後の日本の復興の助けになればと来日し、言葉の通じない国で4人の子供を育てた。 更年期を迎えた頃、強い偏頭痛に悩まされ、数々の医療にかかるも治らず。 良いと言われることを色々試す中で瞑想法に出会い、偏頭痛が解消。 そんな体験があったので学生にも勧めることとなった。

学校の先生宅での瞑想法説明会に行くと、そこにやって来たのは日本に最初に指導に派遣された方で、『存在に触れることが出来る』と言う。 その『存在に触れる』の一言でようやく話が通じる人と出会えた!という喜びが湧き、迷わずその瞑想法を習う予約を入れた。 数週間後に習うことができ、その後毎日の実習を開始する。

*製造業界での社会経験
社会人として、エレクトロニクス製品の製造の仕事に従事する。 コンピューター、携帯電話、通信機器、家電製品、自動車などの業界に資材のサプライヤー側として関わる。

*瞑想の間違いに気づく
瞑想を始めて15年ほど経った頃、仕事を半年間休職し、タイでの瞑想指導の合宿訓練コースに参加した。 そこで指導者から受けた説明のある一言によって、自分のそれまでの瞑想法が全く間違っていたことに気付いた。

 

それまで瞑想のやり方に正しいも正しくないもあるなどと夢にも思っていなかったので、15年間もの自分の遠回りが衝撃でもあり、その後の瞑想が大きく変わる体験となった。 子育てが終わった暁には、瞑想の指導をしよう、と改めて思うきっかけにもなった。

*四半世紀の在外日本人生活を送る
お国柄、休暇が1週間〜2週間単位で好きな時に取れるのがありがたく、休暇はほぼ全て瞑想の合宿研鑚に当てて過ごすことが出来た。

*アカンダヨガ道場(リシケシ)にて、ヨーガアーサナの200時間指導者コースを修了。

*子育てを卒業して、2007年より瞑想の指導に専心する。
 しかし、自分の指導している方法が、果たして一人ひとりに個別の瞑想を指導していることになるのか、という自分の中での葛藤がマックスに達し、2015年に引退。

*その後、自分なりにこれであれば個別の瞑想指導と納得出来る瞑想法と出会い、以来その瞑想法を指導して今日に至る。