ヨーガの原典とも讃えられるパタンジャリのヨーガ・スートラを巡る物語

2016.11.26

パタンジャリのヨーガスートラヨーガと言う時、それ自体はあのアーサナのポーズを取る動きのことは、必ずしも含まれていない、とヨーガの用語の整理の日記で述べました。

 

しかし、パタビ・ジョイ師にしても、アイアンガー師にしても、パタンジャリのヨーガ・スートラと言う経典をヨーガの原本のような言い方をされます。 ハリウッドスターに教えたこともあって、ヨーガを欧米に広げるのに多大な貢献をした別のクリシュナマチャリヤの直弟子の一人、ロシア生まれのインドラ・デービさん(1899~2002)も、『私のヨーガ・アーサナの考え方はパタンジャリのヨーガ・スートラに基づいている』なんて言っている。

インドラ・デーヴィ

欧米人出最初のクリシュナマチャリヤ師の弟子となったインドラ・デーヴィ

 

そこで、世界中のヨーガの学校で理論的な支柱のようにして登場する、“パタンジャリのヨーガ・スートラ”なる古典について、今日は紐解いてみたいと思います。

 

パタンジャリと言うのは、4世紀に実在した人のようでこのヨーガ・スートラの編纂者と言われています。 他のインドの古典と同じように何世紀にも渡って、吟唱だけによって代々その内容が伝えられてきましたが、16世紀に文字化されたようです。

 

さてここで問題は、このヨーガ・スートラですが、元の内容とその後に加えられた注釈とが渾然一体となっていることです。

 

このオリジナルの内容とその後の注釈が渾然一体となっている、と言うのは実は大問題なのです。 古代の奥深い内容の聖典は、普通の人が理解し易いように後世の人たちによって、たくさんの解説や注釈がなされてきました。

 

有名なところでは、バガバッド・ギータと言うインドの壮大な叙事詩がありますが、これなど古代から今日に至るまで多くの方の解説による注釈が残されています。 ちょうど日本でも般若心経の解説本が、たくさん出ているのに似ているかも知れません。  しかし、それらはどれもオリジナルのテキストがはっきりしていて、それらを引用したその後に注釈がきます。

パタビジョイ

自らスタイルをアシュタンガヨーガと称したパタビジョイ師

 

しかしながら、このヨーガ・スートラという聖典は、オリジナルだと思っている部分に、注釈が既に入り込んでしまっている、という代物なのです。 全部で4章あり、196節(文庫本サイズで10数ページ程度です)ありますが、最後の第4章はほぼ全てが後からの注釈です。 これは翻訳で読んでも、そう思って読むとわかります。 それまでの前半の3章とトーンが、全く違うのです。 その他の第1章から第3章をサンスクリット語からの翻訳で読んでも、ある程度この部分は後世の人の注釈だな〜、とわかったりします。 パタンジャリが加えた注釈なのか、既に注釈が入り込んだものをパタンジャリはただ編纂したのかは、不明ですが。

 

ですから、ヨーガ・スートラにおいてはそもそも、どれがオリジナルの聖典の章句で、どれは後世の注釈部分なのかを抜き出さないといけないのです。

 

なぜそんなことが必要かと言うと、オリジナルの部分はシュルティ(聞こえてきた音)、すなわち大自然から賢者(リシ)を通して降りてきた言葉。 一方、注釈というのは、解説している人が体験した意識のレベルを、決して上回ることは出来ない代物です。 ですから解説としての注釈は、人間が考えたことだから、間違うことがあるわけです。  そこに大自然の声である絶対的テキストがあるのに、間違っているかも知れない人の手による内容に準拠するわけにはいきません。

 

それからもう一つ、このヨーガ・スートラでは第2章29節に最も有名な8つの修行(アシュタンガ・サーダナ)の方法というのが登場します。 以下に書き出してみます。

 

  1. ヤマ:生命が守る5つのこと(五禁戒)
  2. ニヤマ:5つの生命の規則 (五勧戒)
  3. アーサナ:座位
  4. プラーナーヤーマ:呼吸 (調気)
  5. プラティヤーハーラ:五感が自足の状態にあり、外側の対象に向いていない(制感)
  6. ダーラナー:心の安定(凝念、集中)
  7. ディヤーナ:瞑想 (禅那)
  8. サマーディ:三昧(超越意識;心を完全に落ち着かせること)

 

この3番目に『アーサナ』が登場します。 これをもってしてなのか不明ですが、ヨーガ・スートラはヨーガ・アーサナの経典だと言う人が、冒頭に挙げた著名な近代ヨーガの指導者含めて多くいます。 しかし、ここに登場する“アーサナ”は単数形なのです。 色々なポーズのことを指すのであれば、複数形になります。

 

日本語は、冠詞がない上に、名詞に単数、複数形がないので、インド・ヨーロッパ語系統の言語を習う時に、感覚の違いで苦労します。 さらに男性、女性、中性名詞や何人称かとか、さらに格と呼ばれる主語なのか目的語なのかによっても変化します。 サンスクリット語では、名詞に単数、二数、複数と3段階あります。 それによって意味がくっきり違ってきたりもします。

 

このアーサナと言う言葉が単数ということは、これは座ったポーズのことを言っているのですね。 ですから、ヨーガ・スートラは座った修行によって得られる境地を説明したテキストであって、色々な体のポーズとしてのアーサナについて何も言及していないのです。

 

50歳のクリシュナマチャリヤ師

50歳のクリシュナマチャリヤ師

実はこの誤解の発端は、近代ヨーガの父と言われるクリシュナマチャリヤ師(1888~1989)が、パタンジャリのヨーガ・スートラを吟唱していたこととも関係あると思っています。 何しろクリシュナマチャリヤ師は、アーサナの先生である前にサンスクリット語の先生。 すなわちヴェーダやウパニシャッドと呼ばれる古代の聖典の吟唱を幼少期から訓練を受けていた方でした。

 

ですからヨーガ・アーサナを教えるようになってからも、ヴェーダやウパニシャッドの唱和を日課とされ、ヨーガ・スートラの唱和もされていたそうです。 しかし、この古典の吟唱とアーサナの修行は全く別の伝統です。

 

とは言え、両方に精通するという普通ではあり得ない稀有の経歴を持ったクリシュナマチャリヤ師は、アーサナの前と後にサンスクリット語の章句を唱えていたとか。 その直弟子達は、師のやることを真似る中でヨーガ・スートラをアーサナのハタ・ヨーガと結びつけていった、と想像しています。

 

デモを指導中のクリシュナマチャリヤ師

デモを指導中のクリシュナマチャリヤ師

当番がヨーガ・アーサナを200時間コースとして習った北インドのリシケシという町にある道場の先生は、アーサナの様々なポーズのサンスクリット名を覚えさせるのに、“Patanjali says Bhujanga Asana”というゲームをやりました。『パタンジャリは、ブージャンガ・アーサナと言った』と言われると生徒達は、間髪を入れずにコブラのポーズである、そのアーサナの姿勢をさっととるわけです。

 

これは、北米で小さな子供がやるゲームで、”Simon says ~”というのからきています。 サイモンがこうしろ、と言ったことを周りの子供が真似するゲームです。  日本ではさしずめ『船長さんの命令で〜』のゲームに似ていますね。

こちらの道場では、そのパロディ版としてサイモンの代わりにパタンジャリに言い換えて、様々アーサナのポーズをとらせていた訳です。

 

当番は、そのゲームが終わってから先生に『パタンジャリは、ヨーガ・アーサナのことは少しも言及していませんよね。』と生意気なことを言いました。 そうしたら、先生はその意味がすぐにわかって『そうだね、これからは、ゴーラクシャ・ナータは言った』に言い換えないといけないね、とそれは素敵な神対応でした。

 

因みに、ここで登場したゴーラクシャ・ナータという人は11世紀に登場した、ハタヨーガの大先生です。 ゴーラクシャ・シャタカというハタヨーガのテキストの著者と言われています。このテキストを読んでみると、アーサナの84種のポーズのことが書かれてあって、このポーズの時には体のどこそこに力をいれる、などと登場しますから、はっきりとハタヨーガのテキストだとわかります。

 

それともう一つ大事なポイントがあります。

 

それは先ほど挙げたヤマ(五禁戒)から始まってサマーディ(三昧)に至る有名な8つの修行が、啓発への順を追った段階を示している、と言う解釈です。

 

そうではなくて、これは啓発した境地を得れば、これら8つの全ての状態に自然になりますよ、と言っているのだと思います。 根拠はあるのか、と問われれば、そうとしか解釈できない、としか答えようがありません。

 

ロウソクの炎に集中

ロウソクの炎に集中

例えば第6番目に『ダーラーナ』と言う言葉で表される記述が登場します。 英語の翻訳では、コンセントレーション(集中)と訳されることが多く、日本では、“凝念“とか訳されています。 これに基づいてロウソクの炎を見つめる修行を、当番が学んだインドのヨーガ・アーサナの学校でやったこともありました。 ロウソクの炎に意識を集中する、と言う訓練です。

 

しかし、これは8つの修行が啓発への段階の一つだと思っているから、そう言う訓練をさせる訳ですが、心が三昧の域にあれば自然に心は揺るがないのです。 そうなった状態のことをヨーガ・スートラでは『ダーラーナ』の言葉で示しているだけ、と言えます。

 

ここに重大な主客逆転があります。 ロウソクを見つめるから揺るがない心が養われると言うのでなく、揺るがない意識があるからロウソクを見る心が揺らがない、というものです。

 

では、どうしたらその揺るがない意識を養えるのだ、と言うことになります。 実は、このヨーガ・スートラには、その一番肝心なことが記述されていないのです。 パタンジャリのヨーガ・スートラは、啓発へのハウツー本ではなかったのです。 頂上からの眺めはこんなですよ、という記述はあっても、どうしたら山頂に辿りつけるのか、その道案内は書いてありませんでした。 

 

多くの著名なアーサナの先生が原典のように讃えるパタンジャリのヨーガ・スートラが、ヨーガの道を極めるガイド本ではなかったとは、ちょっとがっかりでしょうか。 本からは学べるのは、情報としての知識に留まるのだと。  それが故にインドのヨーガの伝統は、その方法を知った先生から直接教わる、と言う伝統になっているのですね。 ですから、どういう先生を探し当てるか、ということで結果が全く変わってきてしまうわけです。

 

クリシュナマチャリヤ師は、30歳の時に自分の先生を求めてチベットの聖山カイラス山の麓まで2ヶ月半かけて歩き、探し当てた先生の元で7年半の修行をしています。

 

クリシュナマチャリヤ夫妻

妻にもヨーガ・アーサナを指導したクリシュナマチャリヤ師

インドの先生と弟子の伝統では、修行を終えて先生の元を去る時に『お礼』(ダクシナ)を捧げる習慣があります。 クリシュナマチャリヤは先生のラーマモーハン師に、何をお礼に捧げさせていただけますか、と尋ねたそうです。 師の答えは、『妻帯し、子供を育て、ヨーガを教えなさい。それが私へのお礼だ』と言われたそうです。

 

すでに37歳になっていたクリシュナマチャリヤは、修行の道を辞め、すぐに妻帯して6人の子供にも恵まれました。 8年後にマイソールの宮殿に、ヨーガ・アーサナとヨーガ療法の指導者として召し抱えられ、“聖なる呼吸“の映画でも紹介された、あの伝説のヨーガ学校で多くの弟子を育てることになります。

 

天空庵では、体験の中から降りてきた、意識を深い静寂に導く方法を、ご興味を持たれた方にお伝えする活動を、ささやかに続けていくつもりです。

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